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記事: 1946年7月5日:ビキニ水着

1946年7月5日:ビキニ水着

1946年7月5日:ビキニ - Histoires de Parfums

1946年7月1日、アメリカは太平洋に浮かぶビキニ環礁で核爆弾の実験を行いました。その4日後、フランス人技師ルイ・レアールは、パリのホテル・モリトールのプールで開かれた水上イベントに参加し、自らの最新作を「人体の爆弾」と銘打って発表します。それがビキニです!

 水着は、三角形の布を二枚あしらったトップと、V字型のボトムという2ピース。なんともスキャンダラスです!しかし、ルイ・レアールの作品を披露してくれるモデルは見つかりません。やむなく彼は、ヌードダンサーのミシュリーヌ・ベルナルディニに声をかけ、彼女は世界で初めてビキニを着た女性となりました。

とはいえ、女性たちは1936年からすでにツーピースの水着を着ていました。では、ビキニの何が違ったのでしょうか?お腹を露出するために、生地がほんの数センチ少なくなっただけです。多くの人にとって受け入れがたいものだったビキニは、スペイン、イタリア、ベルギーをはじめ、数多くの国で禁止されました。フランスでは地中海沿岸のビーチでのみ認められ、それ以外の場所では禁止されていました。

アメリカでは、ビキニは厳しい批判を浴びました。有名な水着ブランド「コール・オブ・カリフォルニア」の会長フレッド・コールは、タイム誌に、フランス発のビキニスタイルを支持すると表明しました。
彼は、ビキニは小柄なフランス人女性のために生まれたものだと主張し、こう述べています。「フランス人女性はアメリカ人女性より脚が短いため、脚を長く見せるには、水着を腰の高い位置で着用する必要があるのです。」

しかし、映画スターたちのおかげでビキニは流行しました。その先駆けとなったのが、1953年のカンヌ国際映画祭期間中、カールトン・ビーチで初めて写真に撮られたブリジット・バルドーです。彼女は1956年の映画『素直な悪女』でもビキニ姿を披露しています。
そしてビキニが本格的な転機を迎えたのは1962年。映画『007/ドクター・ノオ』に登場したボンドガール、ウルスラ・アンドレスと、彼女が着用した有名な白いビキニがきっかけでした。

日焼けした1960年代の若者たちに受け入れられたビキニは、ついに70年代、世界を席巻します。ビーチやランウェイではワンピース水着が再び見られるようになったものの、フランスでは2016年、女性用水着の売上の80%をビキニが占めました。

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